今回訪問したバングラデシュは混乱の最中にあった。2006年の初訪問以来、初めて生命の危険を感じたほどだった。2月28日にイスラム指導者の戦争犯罪が問われ、死刑判決が出たことがきっかけとなり、バングラデシュ全土で局地的に暴動が発生し、連日死者が出る事態となっていた。

今回の訪問は、NGOエクマットラと共にオープンしたレストラン、ロシャヨンの重要な経営会議のための訪問だった。ロシャヨンは、中流階級が住むダッカ市ミルプール地区の繁華街にある。有名なグラミン銀行とは至近距離だ。そのロシャヨンレストランを出て左右に行くと、サークルがあるのだが、両方のサークルで警察とイスラムグループとの衝突があり、死者が出ていたのだ。ダッカの別の地域ではロケットランチャーが使われたとも聞いた。ただこのような混乱は局地的でかつ、突発的。ほとんどの時間は平穏だ。

1971年のバングラデシュ建国以来の混乱だという。そんな中、エクマットラのメンバーたちとは、ストリートチルドレン支援のためのレストラン事業のチェーン展開について会議を予定どおり行い、方針について確認した。まもなくワタミとグラミン銀行が設立したソーシャルファンドからの出資を受けることになるため、その資金をどう活用し、チェーン化していくかという打ち合わせだった。この会議はしっかりとできた。

あとは自分の身の振り方をどうするか。ロシャヨンも、エクマットラの事務所も、また滞在した渡辺大樹君の自宅もミルプール。ミーティングが終了したら即刻空港に向かうことも検討したが、翌朝まで判断は先延ばしにすることにした。久しぶりのバングラデシュ。渡辺君ともゆっくり話したかった。

3月2日のその晩、遅くまで語り合った。建国時の混乱期に女性をレイプし、市民を虐殺したイスラム指導者にやっと死刑判決を出せたこと。それは長年存在していた膿を出し、バングラデシュをリフォームすることなんだということ。ダッカ大学には2月5日から学生が主体で何万人もの人々が連日平和的にデモをしており、もうすぐ1か月となること。そんなことを聞いた。デモの様子を聞いて、3.11後日本で毎週行われている反原発デモのことを思い出した。そうか、ここでも名もなき民衆が立ち上がり、訴えているんだと。

とんでもない危機的な時に来てしまったことを不運に思いながらも、歴史的瞬間に偶然居合わせることになった運命に、何かの意味を感じざるを得なかった。何かの意味がある。

夜更けには、怖さなど吹き飛んでいた。
これまでもパレスチナで催涙弾やゴム弾が飛び交うところに行った経験がある。多少は心得があるつもりだ。デモに行くことにした。

翌3月3日、渡辺君とエクマットラインターン学生と一緒にバイクを3人乗りして、ダッカ大学へと向かった。途中、おびただしい数の警戒中武装警官を見た。トラックで移動中の特殊部隊も見た。ものものしい雰囲気だった。

ダッカ大学前に着くと、残念にもついさっきまでいたという群衆は別の場所へ移動済みだった。そこにいたおそらくダッカ大学の学生に「ジョイ バングラ!」「バングラデシュに勝利を!」という有名なスローガンを腕に描かれながら、デモ隊を追いかけるかどうか迷っていた。

途中近所の銀行で務めるエクマットラ幹部メンバーと昼食で一緒になる。
「何しているんだ!こんなところに連れてきちゃだめだ」渡辺君に怒る。
「お前だって平気で出勤しているじゃないか」

結局今デモ隊がいるエリアまでは近く、行っても問題ないだろうということになり、向かうことになった。しばらくしてデモ隊の怒号が聞こえてきた。デモ隊のいるところへと通じる道は警察によって封鎖され、車両は通行できなかった。しかたなく迂回して小道をいくかどうかというところで、
「何かいやな予感がする」
という渡辺君の直感を信じ、引き返すことにした。

家に戻り、行くはずだった場所で行われているデモを観た。
女性も訴えている。子どもの姿もあった。整然と、落ち着いてデモを平和的にしている。静かな中に、どこか絶対に屈しないぞという力強いエネルギーを感じた。

そしてそこにあったのは、怒りではなく、人々の切実なるよりよい社会への願い。
「これは、動くな」
そう直感した。

その晩はミルプール地区から外国人が多く住み、安全度が飛躍的に高く、また空港に近いグルシャン地区に移動した。3月下旬にグラミン銀行ツアーを企画している鈴木ゆかりさんに心配していただき、数名でシェアしているというアパートメントに一晩お世話になった。そこで、こちらで教育事業を行なっているというkiteという会社を設立した古川さんとも出会い、その晩は、通産省から世界銀行に出向している池田洋一郎さんも加わり、渡辺君とともに夜更けまで語り合った。

皆に共通しているのは、少しでも現実を良くしていこうという願い。混乱の最中のバングラデシュ訪問だったが、だからこそ出会え、そして語り合えた特別な夜だった。感謝。


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